The President’s Thoughts

代表の思い

ここでは、この産業がどのように今に至ったか、法律が存在しない場所で何が行われてきたのか、
その結果、産業にどのような遺伝子が組み込まれ、今も悪い血液として流れ続けているのか、
昔話(実話)を通じ、未来に向けて何か感じていただけたらと思っています。

#健康

2026.01.13

今でも忘れられない昔の乳がん手術

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かれこれ40年以上が経とうとしています。

 

小学校6年生になりたての頃、お袋から風呂場の脱衣所に呼ばれていきなりこう言われました。

 

「この間の検査で乳癌が見つかった」

「入院してすぐに手術になるが、その後どうなるか分からない」

「もしもの時は後を頼む!」

 

そして…

「癌がどんなものか触ってみなさい!」

そう言われ、まさか12歳にもなってお袋のオッパイを触ることになるとは…。

 

戸惑いながら言われるがまま、左胸のお乳を触ってみると…乳首の下に円盤状の板が…!

両端を掴んで動かすと、本人でなくてもハッキリとその存在が分かるものでした。

 

検査等は全て事前に終わっていたため、入院の数日後に手術が行われました。

 

向かい風のなか病院までの長い距離、自転車をこいで見舞いにいきました。

すると、そこにはわき腹付近から管を刺されたお袋の姿…。

 

意識は戻っておらず、眉間にシワを寄せ苦しそうな顔で呼吸が荒く胸が上下していました。

 

小1時間ほどしたところで、執刀された先生が病室にこられ…そこで初めてお袋のガウンの中を全て見ました。

多少の縫い傷なら何度も見たことがありましたが、次元が違いすぎてビックリしました…。

現在は乳房を残し、後の修復手術等によってさほど手術の痕跡が目立たなくなるほど技術は進歩していると聞きますが、当時はとんでもなく「残酷な切り方」でした。

 

無残…かわいそう…

それ以外頭に浮かびませんでした。

 

鎖骨の上2センチの地点からメスが入り、終点は肋骨の一番下当たり。

つまりへその横ということになります。

長さ30cm以上だったと思います。

骨の周りの肉も根こそぎ取ってありますので、骨の上に皮一枚といった具合でした。

 

また左胸であったために、心臓の上付近にガーゼが幾重かに貼り付けてあり、数日後太ももの上から皮を一枚剥ぎ、心臓の上に貼り付けるという話を聞きました。

 

傷跡はまるで「むかで(百足)」がはっているようで、何とも恐ろしく痛々しいものでした…。

子供心に出来るだけ見舞いに行こうと思ったものです。

 

そうこうしていると、お袋と同部屋であり、私が見舞いに行くたびに可愛がってくださっていたオバチャンが乳癌の転移により突然亡くなられました…。

ほんの10日ほど見舞いの間隔が空き、その間に急速に悪くなられたとの事でした。

 

今思えば大変貴重で怖い経験でした…。

ただこの経験こそが、私に力を与えてくれたのだと思います。

 

早く見つかれば、どうということはない病気だと言います。

 

しかしどの時点で見つかるか?

それは運次第かもしれません…。

 

また癌という病気について言えば、女性は男性より警戒しなければならない所が多いので…

みなさん、どうかみなさん。

定期的に検診を受けてくださいませ。

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